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2006年7月28日 (金)

掌編:『仄暗い洞の中で』

 仄暗い洞の中で

 福井雄二が目を覚ました狭い部屋は、床も壁も天井も全てが岩だった。
「どう……くつ?」
 天井が低い。一七八ある雄二は中腰で立った。生徒指導の織田から何度も切れと言われた長髪をかき上げ、薄暗い部屋を見渡す。
「マジ?」
 全ての面が細かく波打つ洞窟は三メートル四方ほど。雄二にもここが天然のものではなく手掘りの〝何か〟らしいとすぐにわかった。
 壁から突き出たカンテラのような電灯が橙の光で岩肌を照らしている。雄二は壁に触れた。ざらりとした玄武岩はかすかな湿気を帯びている。離した手を腰で拭った。
「さむ」
 室温はさほど低くはないはずだが、置かれた状況にひとつ震えた。上は宇宙人グレイのプリントTシャツ、下はバイト代で買ったヴィンテージの503ブルートリップ。なりの頼りなさもその理由だったのだろう。左手で右の肩をさする。
「なに? どうなってんの?」
 質問したところで誰かが答えてくれるはずもなく体感温度をさらに下げただけだった。
 加速する焦りに押され髪を振り、周りを凝視する。右に左に下に上に、また右に。視線は乱れた順路を三度走り、岩を縦に割る隙間を見つけた。なぜ気付かなかったのかと思うほどそれは確かにあった。
 隙間を覗く。雄二自身の身体が邪魔になり光は闇を払えない。しゃがんだがそれでも明かりの角度がいまいち悪く先は見えない。
「チックショー! なんだここ! クソ!」
 岩を蹴り悪態をついた。結果何の変化もない事は言うまでもない。
「なんなんこれ」
 雄二は腰を落としたまま記憶を辿った。視線は自然と左上へと向かう。
 六時からバイトが入っていた。だからセンター街を過ぎ店に向かった……はずだ。しかし、その部分の記憶が全くない。会社帰りのスーツ集団とバス停前の定食屋は見た。スポーツ用品店の前も通った。で、本屋の前を……通った記憶がない。
「なにがあった?」
 いくら頭をひねっても思い出せない。消費した時間と体力は何の対価にもならなかったようだ。
 記憶があてにならないとわかると再び隙間を見た。狭い、かなり狭い。それでも半身になれば通れないこともない……かもしれない。
「いけるか?」
 右腕を入れ右肩を入れ顔と胸も半分以上通った。通れそうだとわかると顔と胸を抜き右肩を抜き右腕を抜いた。両手で身体をはたき雄二は思い出した。
「あっ。あるじゃんよ」
 右のポケットからサンドポリッシュのオイルライターを出す。割と年季の入ったライターだ。これは新品で買ったものなのでライターの年季と雄二の喫煙暦は等しい。はじめは柄入りが気に入らなかったが今は気に入っている。
「これでどうよ」
 鑢{やすり}を回し着火した。揺らめく炎も目の前にかざすと電灯より数段明るい。右手に灯りを持ち身体を隙間に埋めていく。背と腹と腰にかかる岩の質感、圧迫感はかなりのもので雄二が閉所恐怖症だったなら通ろうとは絶対思わなかっただろう。
 じりじりと数メートルを進むとライターの火が寝るようになった。風があるらしい。
「外?」
 体中をこすり隙間を抜けると空間がひらけた。辺りを確認するより先に、出てきた岩に背を預け座った。中途半端に曲げていた膝が痛い。
「あぁ……」
 左のポケットからくしゃくしゃに潰れた包みを出し中を見た。
「しけてんな。一本かよ」
 最後の一本に火をつけた。赤い光は強くなり弱くなる。肺にためた煙の白を夜の黒に吐くと鼓動も幾分静まってきたようだ。
 疲れに首を折ると胸元のグレイが『今日は貴方をアブダクション』とにやけている。手には光線銃も忘れない。
「そりゃいいや。……笑える」
 ライターの蓋をカチンと閉じて星明かりひとつない真っ暗闇に疲れた声で呟いた。口から出た疲れは大概源流へ戻るもの。雄二も類に漏れず帰ってきたそれを受け取ったので全身がだるさと緩みで飽和した。
 膝に乗せた右腕の先、長い灰が脛に落ちると一度しか吸っていないそれを地面で消した。
「あ、れ?」
 違和感は冷気を撒き背筋を走る。右手で地面を撫ぜる。はっと身を起こし四つん這いになり両手で確かめた。
「なっ」
 湿気を帯びざらついた感触が両手に伝わる。壁を触った時と同じ触感が今地面にもあった。
 急いでライターに火をつけた。暴れる炎が不確かに手元を照らす。床に見つけたその色は玄武岩のそれだった。さっきの部屋と同じ質感、まるで手掘りされたかのような……。
 立ちはしたが、部屋にいた時よりさらに背を落とし目を細め辺りを睨む。何も見えない。炎をかざすもやはり何も見えなかった。
 いまさらに気味の悪さが身に染みる。左手を壁に、右手に灯りを携えて雄二は歩き出した。
 どこまで行っても左手と足元には玄武岩。妙な恐怖に追い立てられ歩は加速する。ゆるく右へ反った壁、先は見えず、星も見えず、足元の感触も硬いまま。腰骨から湧き上がる寒さで冷たい汗が止まらない。
 どれほどか歩き、靴底がこれまでにない物体を捉えた。グニッとした細い何かを踏んだのだ。左足をそろりとどけた。
「どっ……ゆうこと?」
 足の下にあったのはタバコの吸殻だった。そのまま左へ目を移すと岩に裂け目が。
「え、え?」
 いつのまにか風が絶えていた。溜まった空気の底から恐る恐る上を見る。やはり空に星はない。ないはずだ。幾分か夜目が利くようになった雄二は遥か上方に天井を見つけ下へ手を突いた。
「外じゃなかった……」
 左手の壁は高く高く弧を描き伸び、見えぬ対面に繋がっていた。ここは出口のないとてつもなく大きなドーム状の洞だったのだ。
 わけがわからない。ここがどこだかわからない。これからどうなるのかわからない。何もわからないまま雄二は岩の隙間で身を削り唯一明かりのあった小部屋へと戻った。
「どうなってんだよ……」
 ライターのオイルはさほどもたずに切れるだろう。しかし、この部屋なら暗くはない。頭上に明かりが、背中と向かいと左右に揺るがぬ壁が、すぐ上には天井もある。
 不思議な安心感、雄二は膝を抱え深い眠りに落ちていった。

『対象は小部屋で落ち着きました。終了してください』
 雄二は眠りの中で声を聞き、すぐさま揺り起こされた。
 視界が戻るとそこは本屋の前、見慣れた夕暮れの通りだ。
「大丈夫ですか?」
 マイクを持ったスーツの男が正面に立っている。
「あ……あぁ、そうか」
 プロテクトされていた記憶もすっかり戻り雄二は全てを思い出した。だるそうに手を頭の後ろへ回すと長い髪を掻き分け首に刺さったプラグを抜いた。髪を切れと織田が言うのも当然だろう。
「当番組の電脳アンケートにお答えくださりありがとうございます」
「はぁ、どうも」
 電脳とは脳とコンピュータを融合させる技術の総称、体感時間一時間弱の雄二の経験は合法電脳ハック(コンピュータを介して脳をコントロールする技法)によって作られた実質数秒の疑似体験だった。
 国民総電脳化が実現して数年、多くの心理テストやアンケートも精度を上げるためこの手法を用いるようになっていた。筆記や口述とは違い、嘘はつけないし曖昧な答えも排除される。実に効率のいいアンケート方法なのである。
 今回雄二が受けた電脳アンケートの内容は〝出口のない洞窟に閉じ込められた時、明かりのある狭い場所へ戻ってくる人は百人中○○人〟というもの。人気番組のサンプリングだった。
 ちなみに自分のアンケートデータが放送されると寸志をもらえる。雄二がバイト前に電脳アンケートに答えたのもそれが目当てなのだが、
「あの、これって放送されそうですか?」
「たぶん無理……だと思います。未成年者の喫煙シーンは出せませんから」
「あー、ですよねぇ」
 残念そうに頷いた。

 了


※ この物語はフィクションです。実在する人物、団体、番組とは一切関係ありません。











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長編:『自警自治組合』

 自警自治組合

 初めて書いた作で、且つ初めての長編。
 手直しをしつつの公開です。


 大戦、そして終戦。
 戦前とは違う方向へ向かう、とある島国。
 秩序を作るため、自治組織『自警自治組合』は結成された。

http://www.k4.dion.ne.jp/~kemu/


※現在閉鎖中です。

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2006年7月20日 (木)

掌編:『アリとキリギリス伝説』

 アリとキリギリス伝説

 彼がうちを訪れたのは風に雪の匂いがしはじめた頃でした。

「こんばんは、夜遅くにすみません」
 暖炉を離れ、戸を開けると背の高い見慣れない方がいました。
「こんばんは。はて、貴方はどなた?」
 彼はコートの首周りを右手でスッと締めて、
「僕はキリギリスです。楽師をしています」
 彼は左手に提げたくびれのある黒い鞄を見せました。
「ほぅ、楽師さんですか。さぁさぁ、寒かったでしょう。お入りなさい」
 彼を暖炉の前に通して毛布を一枚と、温かいスープの入ったマグを渡しました。
「ふぅ……落ち着きました」
 私はもうひとつ椅子を引っ張って来て、
「キリギリスさんは見慣れない御姿ですが、どちらから?」
「私は北のほうにある中央公園から来ました」
 彼はスープをもう一口すすります。
「なんと、中央公園ですか。都からではこのなかよし公園はさぞ遠かったでしょう?」
「そうですね、想像以上でした」
 彼のマグが空になったのを見て、もう一杯いかが? と聞くと、彼はもうしわけなさそうに、でも、嬉しそうにマグを差し出しました。
「車道もあったのでしょう?」
「はい」
 一言で一度言葉を切って、スープを一口、
「ありました。大きな通りが六つほど、でしょうか。車が怖いので夜に渡りましたよ」
「勇気がおありですね。私達には、ちょっと無理です」
「僕には、頼りないですが羽がありますから」
 彼はちょっと照れて背中をさすった。
「こんな遠くまでどのような御用事で?」
「この辺りの公園に、英雄的なキリギリスの物語があると聞きまして、それで一曲だけでも弾き語りたかったのです。御存じないですか?」
 私はちょっと考えて、
「すみません、私はちょっと」
 キリギリスは遊び人でぐうたらだ、と聞いた事があったので、何かの間違いだと思ったのですが、彼は話とは違う雰囲気でしたからそれには触れませんでした。すると、
「そうですか」
 彼はひどく落ち込んだ風でしたので、
「もう雪も降りますし、うちでよければここで冬を越されて、また探すのもいいと思いますよ」
 彼は何か苦しそうな表情を見せましたが、
「ありがとうございます、御世話になります」
 と丁寧にこたえ、お辞儀をしました。

「キリギリスさんの歌って素敵ね」
「バイオリンも素敵よ」
 あれから四日、昼の暖かい日が差している頃を見計らって、彼は広場でアリの仲間達に歌と楽器を披露してくれました。その年はどの家も年越しの蓄えも少なく、皆疲れた顔をしていたのですが、彼の演奏を聴いている時だけは違いました。
 でも、うちを出る時必ず一瞬寒そうに震えるので、さすがにその日は止めたのですけれども、結局その日も皆を楽しませたのでした。
 私は帰って来た彼を奮発した食卓で迎えて、
「キリギリスさん、今日は食べてもらえますよね?」
「いえ、泊めていただいているのに、大切な御飯まで御馳走になるわけにはいきません」
「毎日そう仰いますが、大丈夫。たくさんありますから、どうぞ遠慮無く」
 彼はぐぅ、となるお腹を押さえて、
「とても嬉しいです。でも、実は僕、お肉を食べられないのです。ですから、お気持ちだけいただきます」
「え、それでは何をお食べになるのです?」
「葉っぱとお野菜なら」
「そうなのですか。では、冬眠はすぐなのですね」
 彼はちょっと考え、
「そうですね、今夜辺りそうさせてもらいます。御迷惑かと思いますが」
「迷惑だなんてそんな事ありませんよ。おやすみなさい、いい冬を」
「はい、おやすみなさい」

 彼は次の朝、亡くなりました。初雪が降った静けさのしみる朝でした。キリギリスさんは冬眠をしない、と知ったのはその後すぐです。
「キリギリスさん」「キリギリスさん」
 皆が悲しむのをみて、
「私達を元気付けてくれたキリギリスさんの事を忘れないように、本に書いて語り継ぎましょう」
 皆無言で頷くのでした。
 その冬はキリギリスさんの残してくれた身体もあって、皆無事に冬を越す事ができたのです。

 *

 私は長く伝わる背の擦り切れた本を閉じました。
「ここがあの伝説の公園だったのですね。御話を聞けて、はるばる来た甲斐がありました」
「そうですか、私達も旅の方にはいつも喜んでいただけて嬉しいです」
 旅の楽師さんに暖かいスープの入ったマグを渡し、一言つけ加えます。
「葉っぱもお野菜もたくさんありますからね」

 了












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2006年7月19日 (水)

日記:驚きの吸引力

 初めての公開ブログで、オッカナビックリの若葉発進。
 ところが、
 覗いてくださった方はすでに七十を超え、アクセス数にいたっては早くも四桁になりそう。
 SNSメインの私には信じられない数字です。

 はじめに載せた以下の四作はできる限りタイプが違うモノを選んでみました。
『超!』をコメディ化した『超?』も載せてみたりとアソビは多めです。

 さて、飽きられる前に次を置かないと。

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2006年7月14日 (金)

掌編:『地図屋わたる河 船頭わたす河』

 地図屋わたる河 船頭わたす河

 麻の背負い袋をおろすと、青年は大きな河の前で足を止めた。
「大きな河だ。しかし、どうしよう? 向こうに渡りたいのに」
 草鞋を履きなおし、荷物から水筒を出すと唇をぬらす程度に口にする。
 水筒を荷物に戻した時、彼に向けられた声がさらりと届いた。
「のってくかい?」
 気付くと、河に一艘の渡し舟、その上に船頭がひとりいた。
「御願いできますか?」
「さ、のりな」
 船頭が船を出す。青年は見えない対岸のほうを一目見て、船頭に向かって座りなおした。
「大きな荷物だね。にいさんの御仕事は?」
「私は地図屋です。街道、山や川、森や町を細かく書き記すのが仕事です」
「そうかい、にいさんは地図を書いているのかい。いろいろな所へ行ったんだねぇ」
 青年は荷物の中から幾つもの巻物を出し、
「ここへ来るまでにも、これだけを記しました。でも、旅の途中でどうしてもここを渡らなくてはならなくなり、困っていたんです。渡してもらえて助かります」
「うん、わしもこれが仕事だからねぇ。たくさんの人を渡したよ。大きい人も小さい人も、女の人も男の人も、若い人も老いた人もね」
 そうですか、と青年がこたえると、
「そうだ、にいさん、御願いがあるのだけど聞いてくれるかい?」
「どんな事でしょう? 今の私にもできる事なら」
「わしはたくさん渡したが、向こうの事はよく知らない。向こうでも地図を書いてくれないかな。こんな風に森があるのか、こことこことここに町があるのか、と楽しめるから」
「もちろん書きます。地図屋ですから。もうこの河を渡る事はありませんが、書けたら届けに来ますね」
「そうかい、ありがとう。楽しみにしているよ。さて、ついた。忘れ物の無いようにな」
「はい、ありがとうございます」
 青年は麻の袋を背負うと、岸に立った。足元は白い玉砂利で、とても美しいところだった。
「いい旅を」
「船頭さんも御身体に気を付けて」
 頭を下げると、渡ってきた三途の河を、見えない対岸を一目見て、青年は歩き始めた。

 了










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おバカ掌編:『プチプチの漢』

 プチプチの漢

「兄貴ぃー、も、もう駄目だー!」
「許さん! プチプチ前逃亡はプチプチ法裁判で死刑だぞ!」
 俺とマサは深夜のバイト、陶磁器を箱詰めするお仕事中だ。今日は昼の作業が滞っていたので俺達は残業である。
 マサはすでに限界を超えていた。このプチプチ歴十数年の俺にはわかる。プチプチの魔力に耐えられないマサはかなり辛い状況にあるのだ。
「あ、兄貴……プチプチ、してもいいですか? も、もう、俺」
「いかん! 俺達は逃げる事もプチプチする事も許されんのだ。耐えろ」
 マサの額から汗が頬へと伝う。相当に苦しそうだ。指先もプルプルと振るえている。
「プ、プ、プチプチしたぁーい!」
 マサの絶叫が商品と木箱の並ぶ倉庫に響く。
 耐えかねてプチプチに伸びる手、俺はマサの手をはたいた。
「馬鹿野郎! お前もわかってるだろう。このプチプチはな、商品を護ってくれる大事な物なんだぞ。そんな神聖なプチプチにお前って奴は……俺はお前はもっと骨のある漢{おとこ}だと思っていたんだぜ」
「あ、兄貴、すまねぇ」
 マサから顔を背ける。だが、マサのジレンマは俺にもよくわかる。俺も伊達にプチプチ道を歩んできたわけではないのだから。「プチプチは神聖にして侵すべからず」プチプチ界に名を轟かせた偉人がかつて言った言葉だ。プチプチをプチプチしたい、という衝動、しかし、俺達〝プチプチの漢〟はプチプチをプチプチしてはいけないのだ。
 マサは膝を突き、木箱の前に座り込んでいた。
 マサは名門プチプチ高(中高一貫)、プチプチ大を首席で卒業したエリートプチプチマンだ。プチプチの荒波の中で鍛えられた一般プチプチマンの俺とは違う。実戦においてメンタルな部分の弱さが露呈してしまうのも無理はない。
 俺もプチプチ道に入った当初は日々が辛かった。それでも、プチプチ訓練校で教わった言葉を胸に耐え抜いてきたのだ。「プチプチは神聖にして侵すべからず」そう、俺はこの言葉で己の弱さと戦ってきた。プチプチをプチプチしたい! という腹の奥底からこみ上げて来る強い感情に何度流されそうになった事か……プチプチの道は永く険しい。それは終わり無き旅路、環状線のようなものなのだろう。
 俺はプチプチを愛している。愛しているが故にプチプチしたい。マサを見ていると俺も辛いのだ。わかってくれ、マサ。
 ぐったりと冷たいコンクリートの床に手を突くマサをもう一度見て、決心した。俺も〝プチプチの漢〟だ。仲間を救えないままでは情けない。ジャンパーのポケットを探り、俺はスッと十センチ角のプチプチを差し出した。
「あ、兄貴。これは?」
 見上げるマサの瞳に希望が見えた。
「お前が使え。それだけしかないが、少しはプチプチできるぜ」
「兄貴……ありがてぇ。でも、でも、俺もプチプチの漢だ。プチプチをプチプチするなんて、許されねぇよ」
「俺は何も見てねぇ。そこにプチプチがあるなんてしらねぇよ」
「ありがとう、兄貴」
 そう、マサに渡したプチプチは俺の禁断のプチプチだ。プチプチをプチプチする事を勧めた俺は……ただでは済まないだろう。だが、これが漢と言うものだ。仲間のためには自腹も斬る。苦しんでいる仲間は放ってはおけない。これで俺は……。
「兄貴、楽しい、楽しいよ。でも、俺、もうこれでプチプチ道から脚を洗わないといけないんだな」
 マサはぽろぽろと涙をこぼしながらプチプチをプチプチした。
「何言ってるんだ。俺は何も見てねぇって言っただろう。これからのプチプチ道はな、お前達の時代だ。俺はお前がプチプチをプチプチしているところなんて見ちゃいねぇんだ。元気でな。マサ……あばよ」
「兄気ぃ!」
 マサの叫びを背に受け、俺はプチプチ界から消えた。俺は呟いた。もちろん、マサには聞こえなかっただろう。それでもいい。
「プチプチ界を……頼んだぜ」
 俺は新たな世界へ旅立った。
 そして、もちろん「あ、兄貴、残りの仕事は全部俺がやるんですか?」というマサの言葉も俺には聞こえてはいなかった。

 了










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掌編:『超!』

 超!

 サポートセンターに電話があったのが十時二分、十時四十八分ユーザー宅着、迅速確実真心が俺達のモットーだ。十五歳、女性、整った青白い顔と黒目がちな瞳が不安げに俺を見上げる。
「あ、あの、私どうなんですか?」
「あぁ、パルスが無いですね。正確な時刻は保健課に任せますが、御臨終です」
「えっ、そんな! でも、私まだ……」
 端末で彼女の補助脳にアクセスし、自壊させた。
「新庄、センターに連絡。ユーザーの死亡を確認、特例法通り告知の後、端末より補助脳停止コード入力、心停止時刻は十時五十三分」
「はい……送りました。はぁ、僕らの担当だけでも今月三件目ですね」
「だなぁ、ユーザーも御気の毒に」
 俺は、目と口をを開いたまま固まった御遺体に慈悲深い視線を送る。
「亡くなってからも補助脳なんぞに身体を乗っ取られるとはな」
「本当ですよ。死者に対する冒涜です。うかばれませんね」
「だなぁ」

 白に青のストライプ、ひらがなのメーカー名が書かれた社用ワゴンに揺られ、支社に帰る。ハンドルは入社半年の新庄の受持ちだ。数週間前から疲れのためか酷く眠く、だるい。こういう時は新人さまさまだ。
「腹減ったぁ。今日の腹具合はチャーシュー麺チャーハンセットかな」
「じゃ、僕は、八宝菜定食で」
「お、八宝菜もいいね……」

 ウチの会社は義体、義臓等のデヴァイスメーカーだ。このところ補助脳関連製品にリコールが発生している。ユーザーの生体脳が停止すると同時に自壊するはずの補助脳が、なぜか機能し続ける。こんな事例が数年前からぽつぽつあった。それもこの数ヶ月で件数は急激に増え、ウチだけではなく他メーカーも対応に追われている。
「やっぱり、うまい話ってないもんなんですね」
「うまい話? 何、オマエ変なのに引っかかったの?」
「はい? ……いえ、詐欺とかじゃなくてデヴァイスですよ」

 満車の立て看板と警備員がいるパチンコ店を横目に、「それが?」と返す。
「ほら、僕らの世代って試験とかあったじゃないですか?」
「へぇ、お前も試験受けたクチ? そういうの無くなってケッコウじゃない?」

「僕の次くらいからはそうです」
 柴犬もいいなぁ、と散歩姿を追って「それで?」と促す。
「デヴァイスって性能も上がって、しかも安くなってるじゃないですか。最近じゃ五歳児でもデヴァイス率四割って言いますし」
「新庄さ、それ言葉が変だろ。〝デヴァイス率〟じゃなくて〝デヴァイス組み込み率〟だ」
「そうですね。……いや、そうじゃなくて。ん、そうなんですけど、それはどうでもよくて」

 ひらひらと手を振り、
「はいはい、わかった。わかったから続けて」
「で、ですね、お金があれば勉強も運動もしなくていいって事でしょ? これってどうなんですか? ……デヴァイスメーカーの従業員してる僕が言うのも変ですけど」
「そりゃ、正論だけどね。金があればOKってのは昔からそうだろ? 現に俺達だって金のために走ってんじゃん。言い換えれば、どんな手段でも稼げば何でも手にはいるし、何でもできる。金の心配だけでしてりゃいいんだから、楽っちゃ楽さ。TVに出てたどっかの有識者さんも〝金イコール能力の構図はシンプルで社会をわかりよくした〟って言ってたぞ」

 新庄のかなり不満げな顔を確認し、してやったり、と俺は暫し悦に浸った。ワゴンが支社に着いたのはそれからほどなくだ。

「木島さん、新庄さん、お帰りなさい」
「うぃっす、ミサキちゃん」
「江守さん、ただいま」

 オフィスに入って手前の机、江守岬嬢にこたえると俺も新庄もスティールの机についた。
「さっき、本社から補助脳リコールの調査結果が来たぞ」
 と、机を挟んだ向こうから同期の野田、それに続いて向かって左の端に座る平沢係長が、
「そそ。それよ、もうね、ビックリなんだよ。新庄君も木島君も聞いてよ」
 適当に相づちだけうっておく。
「もうね! もう、超ビックリなんだ、これが」
「結果ってどんなです?」
「なんと、原因は〝補助脳の自我〟だってさ。こんなのがねぇ、〝自我〟だって。これなんて半月分のお給料で買えるヤツよ?」

 ウチの型遅れの製品を手にした係長は興奮気味だ。
「それって……高性能化によるものなんでしょうか?」
 新庄が言わなくてもいい事を言う。話半分に聞き流しておけばいいのにと思ったが口には出さない。
「そそ、そうなのよ。何てぇか、スゴイでしょ? ついに機械が自我を持ったって話なんだわ」
 アホラシイ、これも思うだけでやはり声には出さない。
 新庄と係長はその後も数分ほどSFな会話で盛り上がっていた。
「おぅ、忘れてた。そういや、木島。そこの棚のそれ、この前の健康診断結果。一応見とけよ、保健課から電話もあったから」
「保健課? 〝血中疲労物質過多〟とか言われんのかね」
 だるい身体を持ち上げるとB4の白い封筒を手に取った。ハサミを使うのも邪魔なので手で口をちぎる。
 デスクでぱらぱらと眺め、固まった。
 胃液がこみ上げてくる。口に手を当てたが、指の隙間から溢れた。
「木島? 木島! お前どうした! 大丈夫か?」
 皆が俺の周りに集まる。誰かが持ってきた青いプラバケツにあけた。
 バタバタと慌しいなか、俺はハッと気がつき健康診断結果の書類を隠そうとした。しかし、
「もしかして、悪い病気でもあったの?」
 係長がそれを手にした。「ふむふむ」という声はすぐに途切れる。見なくてもわかる。皆、係長の言葉を待っていた。
「木島君……君、死んでたの?」
 場が凍った。
「って、事はあれ? 今の木島君は補助脳ってわけ? スゴイよ! 超スゴイ! 補助脳ってなかなかやるね。そうか、これが電子人間か。そうなんだ……」
 他の誰とも違う理由で係長の声はうわずっていた。そして、続ける。
「そそ! 木島君は確かウチの製品使ってたよね? もしかしてこれ? 木島君の世代だとこれだよね、たぶん。スゴイな、これってこんなにスゴイんだねぇ」
 わざわざ戻って、さっきの補助脳を持ってきて俺に見せる。
「じゃ、仕事しますか」
 いつの間にか新庄の手には制御端末があった。
「お前。お前、何する気だよ?」
 袖で口を拭った。
「先輩、いや違うか。〝先輩の補助脳さん〟、先輩は御臨終です。ですから、特例法により停止コードを入力するんですよ」
「やっ、やめろ! やめ、てください」
「無理ですね。〝法律〟ですから。……先輩、ほらね。お金ではどうにもならない事ってあるみたいですよ?」

 人間……否、俺は人間ではないらしいが、どうにもならないとわかると案外開き直れるようだ。
「はっはっ! 新庄、やっぱお前なんにもわかってねぇよ。法律も金で買えるんだぜ」
 続く新庄の返事はヤツらしく正論だった。
「たとえそうでも、今の貴方は法律を買えない」
 新庄の指が端末に触れた瞬間、俺は。

 了










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おバカ掌編:『超? ~もうひとつの物語~』

 超?

 サポートセンターに電話があったのが十時二分、十時四十八分ユーザー宅着、迅速確実真心が俺達のモットーだ。百十五歳、女性、上品な青白い顔と黒目がちな瞳が不安げに俺を見上げる。
「あ、あの、私どうなのですの?」
「あぁ、パルスは……。いつからなのか正確な時刻はわかりませんが、ぐっすりと睡眠中です」
「えっ、そんな! でも、私まだ十一時からはじまる〝夏のドテラ〟の再放送を視てませんのよ?」
「奥様、心配要りませんよ。新庄、あれを」

 リモコンを手に取ったタキシードの新庄に目配せした。
「はい……予約できました。まさに技術の進歩、HDDレコーダーは番組表付きで簡単録画です」
「まぁ、素敵。科学の勝利ね」

 彼女は胸の前で手を合わせた。
「いつでもどこでも(誇張)お楽しみいただけます。さぁ、マダム」
 新庄はスッとリモコンを彼女に渡す。

 白に青のストライプ、ひらがなのメーカー名が書かれた社用リムジンに揺られ、支社に帰る。ハンドルは入社半年の新庄の受持ち。俺は数週間前から飲み始めた〝コエンネーターT1000〟のおかげか気力充実、体調万全、お肌プリプリだ。こういう時は自分で運転したくなるから不思議だな。
「腹減ったぁ。今日の腹具合は半ペペロンチーノ半ナポリタンセットかな」
「じゃ、僕は、ピザ定食で」
「お、それもいいね……」

 ウチの会社は義体、義臓等のデヴァイスメーカーだ。このところ補助脳関連製品が注目の的になっている。ユーザーの生体脳が睡眠すると同時にちょいと一服するはずの補助脳が、なぜか機能し続ける。こんな事例が数年前からぽつぽつあった。それもこの数ヶ月で件数は急激に増え、ウチだけではなく他メーカーも対応に追われている。
「うまい話って本当にあるもんなんですね」
「うまい? 何、美味しい店でも見つけた? 教えろよぉー」
「はい? ……いえ、食事とかじゃなくてデヴァイスですよ」

 満車の立て看板と警備員がいるパチンコ店を横目に、「なぁんだ」と返す。
「ほら、僕らの世代って人生八十年って言われてたじゃないですか? それも今では百歳オーバーが普通なんですよね」
「あぁ、言われてたね。でも、そういうの聞かなくなってケッコウじゃない?」
「僕の八番目の弟くらいからは知らないみたいです」

 柴犬もいいなぁ、と散歩姿を追って「それで?」と促す。
「さらにくわえると、デヴァイスって性能も上がって、しかも安くなってるじゃないですか。最近じゃ五歳児でもデヴァイス率四割って言いますし」
「新庄さ、それ言葉が変だろ。〝デヴァイス率〟じゃなくて〝デヴァイス組み込み率〟だ」
「そうですね。……いや、そうじゃなくて。ん、そうなんですけど、それはどうでもよくて」

 ひらひらと手を振り、
「はいはい、わかった。わかったから続けて」
「で、ですね。デヴァイスってうまく使えば……例えば生体脳が寝ててもデヴァイスが起きててくれたら、深夜のテレビも生で観られるじゃないですか? ビデオもHDDレコーダーも否定しませんが、これってめちゃめちゃ便利ですよ」

 たぶん、俺は呆れた顔をしていたと思う。
「そりゃ正論だけどね。深夜番組見るためにデヴァイス使うなよ」
「だから、例えばの話ですよ。例えばの」

 バカバカしいと思ったのだが、俺の頭脳は三十三回転のレコードのように微妙な速度で回りはじめた。
「しかし、補助脳が働き者ならさっきのマダムのように素敵な老後を過ごせるのも事実。それってつまりさ、補助脳を鍛えればいいんだよな? なんでもひとり(?)でできるように」
「そうですね」

 俺は見えないパイプを咥えると、顎に手を当てた。
「刺激を与える、ってのはどうだ? 刺激を与えて鍛えるんだ」
「頭に電極でも刺すんですか」
「違う! 痛いだろ、それ。そんなんじゃなくてさ……工事現場のヘルメットの内側に、ツボ圧しのツブツブを貼って被る、とか」
「それも違いませんか? ……これはどうです? 頭の体操、エンドレスでひとりしりとり、って感じの」

 ひとつ唸った。新庄はキレル男、この素質は侮れない。俺も思わず意地になってしまう。
「あぁ、えっと、それも違う。違うぞ」
「えぇ、どう違うんです?」

 危機に対処すべく、俺は外へと希望を探す。
 赤信号で停車したスクランブル交差点、その電光表示版に文字が流れる。これだ!
「ミスコンだ! 補助脳のミスコン!」
「は?」

 心底わからないといった新庄の表情、言った俺も実はよくわからない。早く理由を探せ、探すんだ。
「つ、つまり……そう! ひとりしりとりは生体脳にとっても刺激なわけだ。俺が言ってるのは〝補助脳の補助脳による補助脳のための刺激〟なのさ!」
 今度の新庄は、少しわかるって顔だ。しかし、
「だったら、ツブツブだって……」
「過去は、忘れるためにある。見るべきは未来だぞ。なっ? 新庄」
「はぁ」
「帰ったら平沢係長に相談しよう。これはデヴァイス界の革命的イベントになるかもしれん。題して〝美女デヴァイスを見て補助脳を鍛えて長生きしようフェアー〟だ。ちょっと長いかな?」

 新庄のかなり不安げな顔を確認し、俺もそんな事できるわけないよな、と思った。リムジンが支社に着いたのはそれからほどなくだ。

 結局俺と新庄の不安は全く的中せず、イベントは本当に先日実現してしまった。補助脳が美人(?)補助脳の機能美に酔いしれる史上初の祭典となったのだ。
「〝ミス補助脳コンテスト〟、大成功でしたね」
「だね、ミサキちゃん。俺は、来る! って思ったよ、これ」
「先輩……適当な事を」
 新庄の呟きは聞かなかった事にしよう。
「部長もね、超褒めてたよ! 超大成功!」
 と左端のデスク、平沢係長だ。続けて向かいのデスク、同期の野田が、
「ちょ、超? 木島、今さら言い難いんだが、なんか変だろ?」
 手元のグラビア週刊誌〝ヨンデー〟の総天然色会場写真へ視線を落とし、
「うぅん。だよな、俺も思ってたんだ。準ミスのほうがグラマーだもんな。こう、腰がくびれてて」
 銀色に輝く数センチの補助脳、斜めにかかった極小タスキには〝ミス補助脳2005グランプリ〟とある。俺は準ミスのほうが妖艶だと思うんだが。
「腰? ここ腰だったんですね」
 新庄はやはりキレル男、飲み込みが早い。
「違うだろ」
 しぶとく野田は食い下がる。
「何が違うんだ? さぁ、言ってみろ」
 デスクに両の肘を突き、合わせた手を口に当てる。猫背で睨みあげるのも忘れない。
「方向性が違うと言うか、何かを忘れていると言うか」
 まるで雷に撃たれた感覚だった。俺は野田の言いたいであろう事にやっと気がついたのだ。
「なんて事だ! 野田、そうだ、大事な事を忘れていた」
「やっとわかったか」

 簡単な言葉がなんて重い。大きな成功の影にあった盲点、そこに気付いた今俺はそれを言わなくては。
〝ミスター補助脳コンテスト〟、しなくちゃな。(女性ユーザーのために)」
「木島、それも……」

 了










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