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2006年7月14日 (金)

掌編:『地図屋わたる河 船頭わたす河』

 地図屋わたる河 船頭わたす河

 麻の背負い袋をおろすと、青年は大きな河の前で足を止めた。
「大きな河だ。しかし、どうしよう? 向こうに渡りたいのに」
 草鞋を履きなおし、荷物から水筒を出すと唇をぬらす程度に口にする。
 水筒を荷物に戻した時、彼に向けられた声がさらりと届いた。
「のってくかい?」
 気付くと、河に一艘の渡し舟、その上に船頭がひとりいた。
「御願いできますか?」
「さ、のりな」
 船頭が船を出す。青年は見えない対岸のほうを一目見て、船頭に向かって座りなおした。
「大きな荷物だね。にいさんの御仕事は?」
「私は地図屋です。街道、山や川、森や町を細かく書き記すのが仕事です」
「そうかい、にいさんは地図を書いているのかい。いろいろな所へ行ったんだねぇ」
 青年は荷物の中から幾つもの巻物を出し、
「ここへ来るまでにも、これだけを記しました。でも、旅の途中でどうしてもここを渡らなくてはならなくなり、困っていたんです。渡してもらえて助かります」
「うん、わしもこれが仕事だからねぇ。たくさんの人を渡したよ。大きい人も小さい人も、女の人も男の人も、若い人も老いた人もね」
 そうですか、と青年がこたえると、
「そうだ、にいさん、御願いがあるのだけど聞いてくれるかい?」
「どんな事でしょう? 今の私にもできる事なら」
「わしはたくさん渡したが、向こうの事はよく知らない。向こうでも地図を書いてくれないかな。こんな風に森があるのか、こことこことここに町があるのか、と楽しめるから」
「もちろん書きます。地図屋ですから。もうこの河を渡る事はありませんが、書けたら届けに来ますね」
「そうかい、ありがとう。楽しみにしているよ。さて、ついた。忘れ物の無いようにな」
「はい、ありがとうございます」
 青年は麻の袋を背負うと、岸に立った。足元は白い玉砂利で、とても美しいところだった。
「いい旅を」
「船頭さんも御身体に気を付けて」
 頭を下げると、渡ってきた三途の河を、見えない対岸を一目見て、青年は歩き始めた。

 了










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