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2006年7月28日 (金)

掌編:『仄暗い洞の中で』

 仄暗い洞の中で

 福井雄二が目を覚ました狭い部屋は、床も壁も天井も全てが岩だった。
「どう……くつ?」
 天井が低い。一七八ある雄二は中腰で立った。生徒指導の織田から何度も切れと言われた長髪をかき上げ、薄暗い部屋を見渡す。
「マジ?」
 全ての面が細かく波打つ洞窟は三メートル四方ほど。雄二にもここが天然のものではなく手掘りの〝何か〟らしいとすぐにわかった。
 壁から突き出たカンテラのような電灯が橙の光で岩肌を照らしている。雄二は壁に触れた。ざらりとした玄武岩はかすかな湿気を帯びている。離した手を腰で拭った。
「さむ」
 室温はさほど低くはないはずだが、置かれた状況にひとつ震えた。上は宇宙人グレイのプリントTシャツ、下はバイト代で買ったヴィンテージの503ブルートリップ。なりの頼りなさもその理由だったのだろう。左手で右の肩をさする。
「なに? どうなってんの?」
 質問したところで誰かが答えてくれるはずもなく体感温度をさらに下げただけだった。
 加速する焦りに押され髪を振り、周りを凝視する。右に左に下に上に、また右に。視線は乱れた順路を三度走り、岩を縦に割る隙間を見つけた。なぜ気付かなかったのかと思うほどそれは確かにあった。
 隙間を覗く。雄二自身の身体が邪魔になり光は闇を払えない。しゃがんだがそれでも明かりの角度がいまいち悪く先は見えない。
「チックショー! なんだここ! クソ!」
 岩を蹴り悪態をついた。結果何の変化もない事は言うまでもない。
「なんなんこれ」
 雄二は腰を落としたまま記憶を辿った。視線は自然と左上へと向かう。
 六時からバイトが入っていた。だからセンター街を過ぎ店に向かった……はずだ。しかし、その部分の記憶が全くない。会社帰りのスーツ集団とバス停前の定食屋は見た。スポーツ用品店の前も通った。で、本屋の前を……通った記憶がない。
「なにがあった?」
 いくら頭をひねっても思い出せない。消費した時間と体力は何の対価にもならなかったようだ。
 記憶があてにならないとわかると再び隙間を見た。狭い、かなり狭い。それでも半身になれば通れないこともない……かもしれない。
「いけるか?」
 右腕を入れ右肩を入れ顔と胸も半分以上通った。通れそうだとわかると顔と胸を抜き右肩を抜き右腕を抜いた。両手で身体をはたき雄二は思い出した。
「あっ。あるじゃんよ」
 右のポケットからサンドポリッシュのオイルライターを出す。割と年季の入ったライターだ。これは新品で買ったものなのでライターの年季と雄二の喫煙暦は等しい。はじめは柄入りが気に入らなかったが今は気に入っている。
「これでどうよ」
 鑢{やすり}を回し着火した。揺らめく炎も目の前にかざすと電灯より数段明るい。右手に灯りを持ち身体を隙間に埋めていく。背と腹と腰にかかる岩の質感、圧迫感はかなりのもので雄二が閉所恐怖症だったなら通ろうとは絶対思わなかっただろう。
 じりじりと数メートルを進むとライターの火が寝るようになった。風があるらしい。
「外?」
 体中をこすり隙間を抜けると空間がひらけた。辺りを確認するより先に、出てきた岩に背を預け座った。中途半端に曲げていた膝が痛い。
「あぁ……」
 左のポケットからくしゃくしゃに潰れた包みを出し中を見た。
「しけてんな。一本かよ」
 最後の一本に火をつけた。赤い光は強くなり弱くなる。肺にためた煙の白を夜の黒に吐くと鼓動も幾分静まってきたようだ。
 疲れに首を折ると胸元のグレイが『今日は貴方をアブダクション』とにやけている。手には光線銃も忘れない。
「そりゃいいや。……笑える」
 ライターの蓋をカチンと閉じて星明かりひとつない真っ暗闇に疲れた声で呟いた。口から出た疲れは大概源流へ戻るもの。雄二も類に漏れず帰ってきたそれを受け取ったので全身がだるさと緩みで飽和した。
 膝に乗せた右腕の先、長い灰が脛に落ちると一度しか吸っていないそれを地面で消した。
「あ、れ?」
 違和感は冷気を撒き背筋を走る。右手で地面を撫ぜる。はっと身を起こし四つん這いになり両手で確かめた。
「なっ」
 湿気を帯びざらついた感触が両手に伝わる。壁を触った時と同じ触感が今地面にもあった。
 急いでライターに火をつけた。暴れる炎が不確かに手元を照らす。床に見つけたその色は玄武岩のそれだった。さっきの部屋と同じ質感、まるで手掘りされたかのような……。
 立ちはしたが、部屋にいた時よりさらに背を落とし目を細め辺りを睨む。何も見えない。炎をかざすもやはり何も見えなかった。
 いまさらに気味の悪さが身に染みる。左手を壁に、右手に灯りを携えて雄二は歩き出した。
 どこまで行っても左手と足元には玄武岩。妙な恐怖に追い立てられ歩は加速する。ゆるく右へ反った壁、先は見えず、星も見えず、足元の感触も硬いまま。腰骨から湧き上がる寒さで冷たい汗が止まらない。
 どれほどか歩き、靴底がこれまでにない物体を捉えた。グニッとした細い何かを踏んだのだ。左足をそろりとどけた。
「どっ……ゆうこと?」
 足の下にあったのはタバコの吸殻だった。そのまま左へ目を移すと岩に裂け目が。
「え、え?」
 いつのまにか風が絶えていた。溜まった空気の底から恐る恐る上を見る。やはり空に星はない。ないはずだ。幾分か夜目が利くようになった雄二は遥か上方に天井を見つけ下へ手を突いた。
「外じゃなかった……」
 左手の壁は高く高く弧を描き伸び、見えぬ対面に繋がっていた。ここは出口のないとてつもなく大きなドーム状の洞だったのだ。
 わけがわからない。ここがどこだかわからない。これからどうなるのかわからない。何もわからないまま雄二は岩の隙間で身を削り唯一明かりのあった小部屋へと戻った。
「どうなってんだよ……」
 ライターのオイルはさほどもたずに切れるだろう。しかし、この部屋なら暗くはない。頭上に明かりが、背中と向かいと左右に揺るがぬ壁が、すぐ上には天井もある。
 不思議な安心感、雄二は膝を抱え深い眠りに落ちていった。

『対象は小部屋で落ち着きました。終了してください』
 雄二は眠りの中で声を聞き、すぐさま揺り起こされた。
 視界が戻るとそこは本屋の前、見慣れた夕暮れの通りだ。
「大丈夫ですか?」
 マイクを持ったスーツの男が正面に立っている。
「あ……あぁ、そうか」
 プロテクトされていた記憶もすっかり戻り雄二は全てを思い出した。だるそうに手を頭の後ろへ回すと長い髪を掻き分け首に刺さったプラグを抜いた。髪を切れと織田が言うのも当然だろう。
「当番組の電脳アンケートにお答えくださりありがとうございます」
「はぁ、どうも」
 電脳とは脳とコンピュータを融合させる技術の総称、体感時間一時間弱の雄二の経験は合法電脳ハック(コンピュータを介して脳をコントロールする技法)によって作られた実質数秒の疑似体験だった。
 国民総電脳化が実現して数年、多くの心理テストやアンケートも精度を上げるためこの手法を用いるようになっていた。筆記や口述とは違い、嘘はつけないし曖昧な答えも排除される。実に効率のいいアンケート方法なのである。
 今回雄二が受けた電脳アンケートの内容は〝出口のない洞窟に閉じ込められた時、明かりのある狭い場所へ戻ってくる人は百人中○○人〟というもの。人気番組のサンプリングだった。
 ちなみに自分のアンケートデータが放送されると寸志をもらえる。雄二がバイト前に電脳アンケートに答えたのもそれが目当てなのだが、
「あの、これって放送されそうですか?」
「たぶん無理……だと思います。未成年者の喫煙シーンは出せませんから」
「あー、ですよねぇ」
 残念そうに頷いた。

 了


※ この物語はフィクションです。実在する人物、団体、番組とは一切関係ありません。











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